『もし障害がなければ』という思いは一生消えないのだろう〜生活の端々や将来について〜

夫が今朝熱があって、私一人で子供達をスイミングに連れて行った。

その場合オチャッピーを男子更衣室に連れて行くしか無いのだけどあまり気は進まない。それに小学生とは言え高学年の男児もお着替えしているので男児も母親が出入りしているのは恥ずかしいよね。と気を使う。


更衣室は混むから今日はうり坊はスイムパンツの上にラップタオル着てスイムキャップとゴーグル装着済みで車に乗って連れてきた!着くなり「さぁ!行っておいで!」と見送ってから、オチャッピーの髪を結って送り出す。



半期に一度の表彰
うり坊とオチャッピーは今回も皆勤賞で金メダルをもらいました!!!
本当にすごい!健康的だな〜。
送迎してる私もお疲れ様です。

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ふとした哀しみ

生活全てが障害児対応であってそれが我が家の日常だし、障害がなくても育児は手が掛かるし親子で衝突することもあるし、進路に関しては選択肢が多い故に悩みも増えるかもしれない。


癇癪時は必死に対応するけどおさまった時に「障害がそうさせている。障害さえなければ」と思う。


書字がとても上達していく姿や図鑑が大好きで知識をどんどん増やしていく姿を見れば素直に感心感動するけど、「もし障害がなければもっと聡明だったかもしれない。どれくらい博識になったのだろう。」と思い描いて心がチクッとする。健常児だったからと言って秀才だった保証はないけど笑


スイミングの着替えにしても「もし障害が無ければ、兄にいは男子更衣室で着替えてきてね!」と一人で送り出せていたかもしれない。そもそも夫婦二人掛かりで付き添いする必要もない。

夢があった

私は妊娠して男の子だと分かった頃からあれこれどんな教育をしようか?将来はどんな仕事につくだろうか?と思い巡らせていた。夫の秀才さを引き継いでいれば理系男子になるかな?お金は掛かるけど留学させてあげたいし、大学生になったら一人暮らしさせようとかね。

当然うり坊の人生だから好きなように生きればいいんだけど、『好きなように生きられる』ってとても難しいことかもしれないね。

知的障害があるから学力的な面での成功はないし、自立した社会人として生きていくことだって無理かもしれない。

留学もしないし大学にも行かないし一人暮らしもしない。

私の夢は再構築する必要があった。

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再構築

Twitterやブログで『作業所で働けるだけでもすごいこと!』『キラキラ障害者は一握り』という先輩ママたちの言葉を見て、私がうり坊を造形アーティストにしたい!うり坊ブランド作るんだ!と言ってて、不愉快になった人や馬鹿にしてる人、現実を見てない愚かな母親だと見ている人がいるであろうことを知った。

ちょっと悲しかったし、そこそこ落ち込みそうになったけど、私は頭にお花畑があるタイプの人間みたい!


子供だもん。挑戦する機会くらいは夢見てもいいかなって。障害の有無に関わらず未来を思い描いていいでしょ。

でも、これって私の夢であってうり坊本人が願ってる訳ではない!というね苦笑

うり坊はまだきっと将来の夢、何になりたいって考えてないだろうな〜。

もし障害が無ければ小学一年のうり坊の夢は何だったんだろう?どんな夢を語って聞かせてくれたんだろう。って思うんだ。

2023年7月22日

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