前回の続きで、ちょっと長い。
うり坊の癇癪とリスパダール ~リスパダールを卒業しました~
私は今の主治医にもう一つ相談をした。
私:「5歳の時に飛行機で大パニックになりフライト中ずっと泣き叫んで暴れて大変なことになってから怖くて飛行機に乗れていません。私たち夫婦は北海道出身なのですが、あれから5年家族で一度も帰省できていません。睡眠薬のような搭乗中眠れるような薬はありませんか?」と、もちろん無いですよね、バカな質問してすみませんって気持ちで聞いてみたの。
そしたら先生なんて言ったと思う!?
主治医:「お薬ありますよ~。それは大変でしたね。」
あるの!?!?お薬あるの!?
思わず「あるんですか!?!?」って大きめ声出たしめっちゃ前のめりになったよ。堰を切ったように
私:「前の主治医に相談した時は ”眠くなったことに混乱してパニック起こすかもしれないし、本や手遊びで時間を過ごせるように訓練するしかないです。そんな都合の良いものはありません” と言われたんです。」
このことを冷静を装って話ていたけど腹の底で煮えたぎる怒りが湧いてた。
現主治医は「それは随分と厳しい先生ですね・・・」って言ってたよ。
大人の友達で海外フライトの時は眠剤飲んでるって話は聞いてたけど、旧主治医に言われるがままに子供には無いんだと思ってた。あったとしてもうり坊には適していないのだろうと。
医者に子供に対しては無いと言われた無いのだと思ったよ。訓練の努力が足りないのだと自分と障害を責め続けた。うり坊の成長を待つしか無いとジッと耐えてきた。
主治医:「睡眠薬ではなくて興奮を抑える薬があります。その作用で眠気も出るので寝てくれたらいいねって感じです。寝てしまったら降りる時困るかもしれませんが大丈夫そうですか?まぁ、そんなに強い薬ではないので大丈夫だと思いますけど。」
私:「移動は私抱き抱えるので大丈夫です!!!」
飛行機に乗れるかもしれないと思ったらめちゃくちゃ前のめりになったり後ろにのけぞったり、私かなり挙動がおかしかったと思う。
閉ざされた5年間
うり坊は東京生まれだから赤ちゃんの頃から帰省するのに飛行機には頻繁に乗ってたんだよ。でもどんどん多動がひどくなってきて乗せるのが大変になって、5歳の帰省の時についに限界突破した。思い出すのも嫌なくらい辛い体験だった。(同乗した他の乗客の方々には本当に申し訳なかったです)
飛行機に乗れないから帰省もできない、もし身内に何かあっても帰ることはできないだろうということ、お見舞いになんて当然行けない、もちろん遠くへの旅行も行けない。どんな気持ちでたくさんの機会を諦めてきたか。訓練するしかないのだとどれだけの努力と苦労を重ねてきたか。
今更、旧主治医にこの恨み節を伝えることもできないけど、
あんんんのクソババーーーーー!!!!!!
私たちの5年を返せ!!!!
と叫びたい。
あの人そういう方針なんだよ。スマホもゲームもDVDもダメ!本か手遊びで時間を潰せるようにっていうのはずっと言ってたから。でもさ、「そんな薬はない」って言うのは嘘だったじゃん。嘘はダメだろ!百歩譲って「そういう薬はあるけど私の方針として私は処方しません」と言ってくれていれば他の医師に相談することもできたのに。
人の人生なんだと思ってんだよ。障害児の家族は檻の中で小さく生きてろってのか!?ふざけんな!ふざけんなよ!どんな思いで色々遠出を諦めて娘にも諦めさせてきたと思ってんだ。こっちはね、うり坊連れて行けないとなると親の葬儀もに行けないからもかもしれないからって短期入所の手続きまでしてるんだよ。あんたの方針かなんか知らんけど、そんなもんで一つの家族の暮らしをどれだけ縛り付けたか。腹立つー。医者を変えなかった自分にも腹が立つ。悔しい。
これから
失われた月日は戻ってこないからこれからのことを考えよう。
まず夏休みに旅行と帰省しよう!その前に近距離のお出掛けで薬の効果を試してみよう←これは主治医に言われた。
旅行と帰省が上手くいったら、うり坊の念願の福井の恐竜博物館も連れて行ってあげたい。
きっとこれからはもっと楽しいはず!!!
2026年5月15日