最近の出来事とか、就労支援事業所とうり坊の将来とか ~どんな時でも暮らしは続く~

はぁ、しんどいんです。生きると言うことが。いや、今の暮らしを維持しながらさらに目指すあり様を求めて生きてくことがしんどい。転げ落ちてしまえばそれはそれで暮らしていくしかなのだけど、それは受け入れたくは無く、そして子供達の暮らしと未来を背負って生きてくとは何て重いのだろう。

専業主婦だからなのか?主婦の人生なんて評価にもたらないか?
どれほどの苦労と努力があって今の子供達の特にうり坊の生活と支援の基盤を築いてきたか。また新たに簡単に築けるものではない。その私の努力と苦労は数字にならないし誰に評価もされないしお金にもならない。でも、その働きがあってこその今の私たち家族だろ。



風邪と生理と夫の仕事のあれこれが重なって、危うく三途の川が見えたような気がしたが、生きてる。
それでも暮らしは続くから今日も公園行ったしご飯食べて洗濯して明日の準備して生きてる。
だって、私は子供達のお母さんだから。

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小さな街

支援学校の先輩ママたちに美味しいと評判の就労支援事業所が運営しているパン屋さんへ行ってきた。
そこは、けっこう大きな敷地にグループホームや日中一時や放デイの施設があって、そこの利用者さんたちは工房やアトリエで作品製作に取り組んでいて、その作品を展示販売するショップやレストランとカフェとパン屋さんがある。


先日はそのパン屋さんに行ってみた。


その施設の敷地に入るのも初めて!各パートの建物それぞれが芸術的な建物となっていて、小さな街のようだった。


街から離れた山の中にある、幻想的な街のようだった。入居施設からは時折「あ!あ!」とか「おおおおお!」とか奇声が轟いていて、そこが障害者施設であることを思い出させる。

パン屋さん

その敷地の中は小さな遊歩道のような道で移動できて、奥の方に小さなパン屋さんがあった。

行く時間が遅かったからなかな?製造所は売り場からも見える作りになっているのだけど、数人で調理器具の片付けをしているところだった。


パンは売り切れてしまったのかな?そんなにたくさん種類も数も残ってなかったけど、どれも美味しそうであれこれ買い過ぎたなーって思ったのに、美味しくて!!!うり坊もオチャッピーも黙々と食べるの。食パンも私が食べてる分を横取りしにくるくらいお気に召したようで、買い過ぎたどころか足りなかった笑


味はとても良い!そして、作業所商品にありがちが低価格ではない。え?高い!!って驚くような都会のパン屋のような値段ではないけど、街にある手ごろなパン屋さんくらいの価格設定としていて、とても好感が持てた。


場所はうちからだと「パンを買うためだけにわざわざ行く」という場所でやや遠いのだけど、行く価値はある。購入して活動資金となってくれたら嬉しい。そういう形で応援してきたい!

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ショップ

利用者の方々の作品もTシャツや工芸品などがあるけど、その日は私には気軽に買える値段ではなかったので断念。お皿などは5000円くらいする。素晴らしい!芸術作品としてきちんと販売されていることが喜ばしい。

うり坊の未来

その作品を作っている利用者さんはどういう暮らしをしているのだろうか?アーティストとして収入があるのだろうか?
どれくらいの障害なのかな?パン屋さんやレストランの方々はとても良くできる方々なのだろうな。


中度知的障害のうり坊はAかBの作業所で働けたら良い方なのか?ヘラルボニーで活躍するアーティストのような生計の立て方はできるのだろうか?その場合は絶対に親のプロデュース力有りきだよな。私にできることはなんだろ。そもそもうり坊にそれだけの才能と創作意欲があるのか。

私の人生

アラフォーの私、未だに肩書きもキャリアも資格も無いし、資産も太い実家も無い。何も無い。
何も無い丸腰の中で何とかかんとかやってきてる。

そのせいもあって、夫の仕事に私の暮らしは左右されやすい。

戸建ても購入していた東京を仕事で離れ、家は賃貸→売却し、泣く泣く越して来た鹿児島市が幸運にも療育に手厚かったことで救われた。それでも誰も知り合いのいない地で障害児のうり坊と乳飲み子のオチャッピーを抱えて奔走した。今の親子の暮らしの基盤を作ったのは私だと自負がある。


それをまた夫の仕事の都合で転居する可能せがあるかもしれなとの事件が発生している。

私は次こそはこの地を離れない。これから何がどう変わっていくかはわからないけど、うり坊を今の環境から変えるわけにはいかない。私と子供たちは切り離せないし、うり坊の暮らしの安定が我が家の暮らしの安定に直結している。

2024年1月21日


うり坊作:バリオニクス

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