元気に生きていることは、奇跡と幸運の連続だっただけ

時事ネタは書かないようにしようと思っています。私は、時事ネタを語るほど賢くもないし、常識的、正しい言葉使いにも自信がない。
ご冥福をお祈りします。と形式で口にるすのも不謹慎だと思えてしまう。どんな言葉で、誰に、どこにむけて祈ればいいのだろうか。わからない。

だから今回は特別。

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富山の2歳の男の子

行方不明だった男の子らしき子が見つかったようですね。

毎日、あの子は見つかっただろうか?どこかで生きているなら心細くて泣いているだろう。ご両親や親族は寝る間もなく心配しているだろう。早く見つかるといいな。と気になっていました。

子供の気持ちもご家族の気持ちも想像の範疇を超えていて、何も言えないです。

育児ノイローゼーだと言われた過去

幼いうり坊を育てている時に、危険が多すぎて、歯止めが効かな過ぎて、付きっきりだったり、外出を制限して、行く場所も吟味し、偏食ゆえに外出先での食事に苦慮し、テレビは撤去してるし、家中サークルや柵だらけ。

それを見て親たちは「育児ノイローゼーだ」と言った。

夕飯が鍋の時、鍋に手を突っ込んでもおかしくない状況だから、食卓に近づけないように柵で囲んでいた。
それを見て「可哀想だ」と責められた。


2歳の男の子のご家族も、あの時ああしていればこうしていらばと自責の念にかられているだろうし、そうやって責める人たちもいるでしょう。

 

言葉も見つからないのです。

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奇跡と幸運の連続

育児をしていると、子供って思いがけないことする。24時間気を付けているつもりでやっていても、ほんの一瞬でとんでないことになることもある。


うり坊が3歳の時に、子供園みたいな会館に遊びに行っていて、オチャッピーを抱っこ紐に入れるほんの少しの間に見失ってしまって。館内をいくら探してもいなくて。

そしたら一人で建物を出て駐車場でウロウロしているところを、他所のご家族に保護されて受付に連れてきてもらっていたことがありました。


あの時も、もしかしたら車に轢かれていたかもしれない。連れさらわれていたかもしれない。


観光中に崖へ向かってダッシュしたこともあるし、ベランダや非常階段から落ちていたかもしれない。ということがたくさんある。

 

育児ノイローゼーだと言われながらも精一杯守ってきたつもり。だけど、それは自分の努力だけじゃない!
今、生きているのは奇跡と幸運の連続だと思う。

私自身、湯船で溺れたこと、高所から落ちた、車に轢かれたことなど、危機一髪なことがあって生きている。


不幸が起こってしまったご家庭が努力や工夫が足りなかったわけではない。
ただ、今無事に生きているのは幸運だったのだと。


私にできることは、不幸から学んで気をつけて生きていく。

2022年9月4日

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